青森ブランド・チェーン・トーク

藤浩志 美術作家、秋田公立美術大学 × 志村和臣株式会社JR東日本青森商業開発取締役

藤浩志さんと志村和臣さん
藤:ここまで海に近い場所って、実はなかなかないですよね。
志村:県民のみなさんにも、その魅力に改めて気づいていただければと思います。
(青森市A-FACTORYにて)
 

藤浩志
藤 浩志(FUJI Hiroshi)
鹿児島県生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了後、パプアニューギニア国立芸術学校講師、都市計画事務所勤務を経て、藤浩志企画制作室を設立。各地で地域資源・適正技術・協力関係を活かしたデモンストレーションを実践。 NPO法人プラスアーツ副理事長。十和田市現代美術館前館長。秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻教授。
 

志村和臣
志村 和臣(SHIMURA Kazuomi)
埼玉県出身。流行語「エキナカ」を生んだエキュート大宮で地域イベントを数々仕掛けて以来、同社・地域再発見プロジェクトの先駆けを担う。2009年、大地の芸術祭など地域資源とエキナカの連携を目指し、越後湯沢駅がんぎ通り(新潟県)を開発。現在は、A-FACTORYなど青森県内4施設の営業責任者として地域資源の発掘、育成、発信に取り組む。(株)JR東日本青森商業開発取締役。
A-FACTORY
藤浩志さんと志村和臣さん
志村和臣さん
藤浩志さん
志村和臣さん
藤浩志さん
藤浩志さんと志村和臣さん

イメージしていた「青森」は…

-志村さんは、A-FACTORYの運営に携わっていらっしゃいますが、施設についてご紹介ください。

志村: A-FACTORYは、平成22年12月にオープンし、今年で6年目になります。6年前というのは、東北新幹線が新青森まで延伸した年です。新幹線って、人を吸う力と送り出す力と両方あるものですから、JR東日本として、新幹線を通すと同時に吸う力を、つまり地元のコンテンツを自分たちでも作ろうということで出来上がったのがA-FACTORYです。モノもコトも含めて、コンテンツを青森県内に育てようというものです。
当時はまだ県内にあまりメーカーがなかったりんごのお酒シードルに着目しまして、シードル工場を併設しています。それから、景色も重要なコンテンツということで、建築家の方に何度も足を運んでいただいて、周囲の景観との調和も考慮していただいて建設しました。

藤:いいですね。

志村:最近ではA-FACTORY周辺の市民活動に私達も交ぜていただいています。例えば、周辺の施設で青森ウォーターフロント活性化協議会を作っていて、そちらにも参加させていただいています。青森市の、海に面した街という「らしさ」がなくなってきていると思うんです。私自身、最初にここを見た時には、何て素晴らしい場所なんだと思いました。盛り上げていきたいです。

-お二人は県外のご出身ですが、青森県に来る前と後で印象が違ったことはありましたか?

志村:私というより、家族は、最初青森のことを全然知らなくて、山しかないんじゃないかと思っていたようです。

藤:森しかない、青森だと。

志村:そんな感じです。地図を見せて、海もあるぞ、川もあるぞ、こんな美味しい食べ物もあるぞと解説しました。
もう一つは、地域経済の面で、これから色々工夫しなきゃいけない、元気をつくっていこうと思いました。

藤:なるほどね。そうだな、青森は、生活の面でいくと、僕は十和田の奥入瀬に住んでいたんですが、冬は思ったよりも寒かったですね。しかも、古い家に住んでしまったので、-15℃とかになると家の中が凍るということがありました。初めての体験でしたけど、何か、その冬の暮らしの感じが凄く面白いなというのと、夏の涼しさと快適さは九州から来ると特に感じます。
ちょっと意外なところでいくと、青森は東京が近いと思ったことですね。僕は九州を中心に活動していたこともあるんですけど、鹿児島から東京に行こうと思ったら、新幹線だとだいたい関西で乗り継ぎが必要になるんです。だから、新幹線利用よりは飛行機で移動しますね。関西を越えて名古屋があり、更にその先…という感じで。

志村:3軒先みたいな感じですか。

藤:そう、3軒、4軒先ぐらいな感じなんですよ。ところが青森って意外と、すぐ東京、みたいなイメージなんですよ。十和田市現代美術館で館長をしていた頃、関東からのお客様が多くて驚きました。

志村:意外と東京から近いと。

藤:意外と近い、めちゃくちゃ近いじゃんっていうのが驚き。

-青森に関わることになったきっかけを教えてください。

藤:僕自身は、青森を選んで来たところがあるんですよ。新幹線の話が出ましたけど、鹿児島にやっと新幹線がつながることになった時、この喜びをいろんな人に話したんですよ。でも、東京の人も、京都の人も、広島の人も、誰もわかってくれなくて。「何、今さら新幹線なんて。」って感じで。

志村:ある意味当たり前に身近にある人たちですね。

藤:でも、青森の人に話をしたら、「そうだよね。やっとつながりますよね。」って言ってくれたんです。それでもう、青森に注目しちゃいました。よく考えてみると、鹿児島と青森ってなんか似てるんですよ。地形も似てるし、美術とか文化系の話をすると、鹿児島の山奥だとか宮崎、南九州あたりと北東北あたりは凄く親和性があるように思います。方言のイントネーションも似ているんです。
こんな感じで親近感があった中で、東日本大震災の後、宮城とか福島での仕事が増えてきた時に、青森との接点ができたというところです。

志村:私の場合、青森との関わりということで言うと、エキュート大宮という埼玉県のエキナカ施設がありまして、以前そこの開発をしてそのまま店長になったんです。当時はまだあまりない施設だったので、結構、評判が高かった施設です。
はじめは都心にあるものを格好よく売ることにこだわっていたんですが、ただそれだけではどうもつまらないという感覚があって、チームの中で何かもっと地方のものを取り上げようよという話が出ました。
それで、「青森りんごの国」というイベントショップを2週間ほどやったんです。コンセプト的には、名前のとおりりんごだけの売り場にしようと。「りんごばかりで、うまくやれるのか?」と言われながらも、お客様の反応は凄く良かったんです。いろんな種類を並べると、お客様は見比べるんですよね。この「青森りんごの国」というイベントショップが、青森との最初の関わりでした。

「青森」の価値とは?

-お二人が好きな青森県の季節や景色などをご紹介ください。

志村:私は2つ、ちょっと絞りきれないです。
まず、夏が好きです。奥入瀬が好きなんですが、あそこはただ観るだけじゃなく、体験もあるし、色々な発見もできる場所だと思っていて、惚れ込んでいる場所です。
もう一つは、白鳥です。冬、白鳥が真上を飛んでいるのを見ると「青森だな」と思いますね。街の中を飛んでいるという、あんな光景は、他の県ではあまりないと思います。最初はUFOかと思いました。

藤:季節で言うのは難しいです。奥入瀬を体験していると、どのシーズンも良いですね、本当に。雪が深々と積もった状態の、あの無音というのは、何とも言えない感覚です。奥入瀬は実は冬場がよくて、冬の奥入瀬でスノーシューを履いてランブリングしたりというのは、他の季節では味わえない、冬ならではのコンテンツだと思います。
もちろん、桜も新緑も紅葉も、どれをとっても良いのですが、冬の閉じた空間、深々とした音のない空間は、「クリエイティブな自分」にしてくれます。

-県外の方から見て、青森の魅力、あるいは課題はどんなところだとお考えですか。

藤:僕はいろんなところでこの話をしているんだけれど、芸術というか、イメージを作る力というのは、閉ざされた冬がある地域では圧倒的に強いと思うんですよ。真っ白い世界で閉ざされているということが、人の感性や欲望を育てているのだと思っているんです。
僕自身は出身が奄美大島ですが、いつでも花が咲いているようなところなので、色に対して憧れるということがあまりないんですよ。自然現象だから仕方ないのだろうけど、やっぱり厳しい冬があって閉じこもる時期がある地域とは違うな、と思います。
例えば、明るいものに対して反応する力が凄くあったり、ストーリーに対して凄く食いついてきたりという、感性が長けているところが青森の人たちの強みだと思うんですよ。閉じているだけだとどうにもならないけれど、青森の場合、開けている夏に祭りがあり、食べ物があり、というサイクルがあることが重要な気がします。

志村:目から鱗ですね。確かに。閉じている間に自分たちなりのモノとかコトとか、想い、背景、そういうものを育てていって、それを発信していくということですね。

志村:8月に「NuRIE」という、みんなで巨大塗り絵を完成させるライブペイントのイベントをここ(A-FACTORY)でやったんですよ。自分自身でその街を取材して作成した下絵に、子どもたちに色を塗ってもらって1つの作品を作る、という活動をしているクリエーターさんをお招きして行ったイベントです。観光客だけでなく、地元の方にも、「こんなのが青森にあるのね。」というような発見をしていただけたイベントだったと思います。

藤:絵の具で色を塗ったんですか?

志村:色鉛筆と、あとは青森の「おやさいクレヨン」を使いました。

-「おやさいクレヨン」も青森の真っ白な雪景色から着想を得た商品ですね。

藤:やっぱり閉じやすいからコンテンツを作れる環境にあると思うんですよね。だからこそ、もっと表現して欲しいなというのはあります。祭りもあるけれど、祭りにエネルギーを使いすぎちゃってるかな、という気もして。これだけ魅力的なんだから、祭り以外にも何かもっとみんなで盛り上がっていくというか、外に出て欲しいなと思います。

志村:課題としては、やはり人が少なくなってきている、しかも、それが加速しているんじゃないかということです。商売上、特に専門職で顕著になってきているように感じます。私たちが運営する商業施設で、調理する方だったり美容師といった、免許が必要な仕事をする方が集まらないなという実感があります。代わりがきかないものですから、これは結構深刻です。
人がいなくなると地域の元気がなくなってくるので、そこは心配しているところですし、何とかしないといけないなと思います。生活の場としてはもちろんですが、働く場としても魅力的な青森にしていかないといけないと感じています。

2030年「青森ブランドの確立」に向けて

-2030年のめざす姿である「世界が認める青森ブランドの確立」に向けて大事なことは何だとお考えですか。

藤:ブランドは、作ろうとすると作れない、というロジックがあると思います。「青森ブランド」というものを、ブランドに関する既成の概念からいかに外していくのかということの中からしか、実は出てこないんじゃないかと思います。過去のものにとらわれずに、面白いもの、これから出てくる芽にちゃんと目を向けていける柔らかい感性を作っていく、あるいはそういう感性を持っている人が関わっていければ良いと思っていますね。

志村:そうですね。私も、青森県内でそういう感度の高さを育てていくという部分も必要ですし、青森に興味を持っている人たちの中で感度の高い人たちにいかに向いてもらうかということが大事なことだと思います。こちらを向くように押し付けるということではなく、自然と吸い寄せていくという感覚で進めることが大切なのかなと思います。

藤:2030年のめざす姿なんだよね。意外とすぐなんだよね。

志村:今2016年なので、あと14年。でも、ブランドを確立するためには、もっと長い時間が必要かもしれませんね。
例えば、今私たちが話し合っているようなことを、現在の小学生の子たちが話すようになるのって、30代とか40代になってからですよね、きっと。そう考えると、まさに今始めていかないといけない。30年経てば、大人になった今の子どもたちが、きっと同じような議論をしてくれるんじゃないかと思います。

藤:ブランドづくりって、終わりはないわけです。時間はずっと続いていくのだから、「更新し続けていく」という感覚を持っていないといけないなと感じます。
続けていくことで見えてくるものがあるはずなので、青森ブランドがそういうものになれば良いなと思います。

藤浩志さんと志村和臣さん
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