青森の未来を耕す人たち

中村公一さん
中村 公一(なかむら こういち)さん
株式会社クロックアップ 代表取締役 
五所川原市出身。
弘前第三中学校、函館ラ・サール高校を経て都内の大学に進学。卒業後都内の映像制作会社を経て2005年に渡米。ニューヨークフィルムアカデミーを卒業後、SOHOにあるナイトクラブ兼レコードレーベル「Club shelter」でPR、ブランディング業務を担当。2008年に帰国後、東京の広告制作会社にアートディレクターとして勤務し、2009年に青森県にUターン。  現在、カフェ・ダイニングバー「PENT HOUSE」や熟成肉のお店「BISTECA」、A-Factory内のハンバーガーショップ「OCEAN’S DINER」、コーヒーショップ「COFFEEMAN good」を経営する他、地域を盛り上げる活動として「AOMORI COFFEE FESTIVAL」やローカルマガジン「KONOHEN journal」の発行なども手がける。

- 青森へと戻ったきっかけを教えてください。

しばらく東京の広告制作会社で働いていたのですが、青森県内で病院と介護施設の事業を手掛けていた父が15年前に他界し、父の事業を受け継いだ母も10年前に他界してしまいました。
自分の中に、「地域の医療や介護関係の仕事は社会的にとても意義がある仕事だ」、「後を継ぐ人がいないからと言って、潰してしまってはいけないものだ」という想いがあり、当時働いていた東京の広告制作会社を辞めて、入居者や従業員のため、そして、地域のために青森に戻ることを決意しました。

―戻ったときの青森の印象はどのようなものだったんでしょうか?

一番強く感じたのは、「青森っていいところだな」ということでしたね。すぐ温泉や海に行けるし、何を食べても美味しいし、やっぱり住んでいる人たちの性格もいい。とにかく「いいところだな」と感じたんです。インターネットもあるので、青森だから買えないという物もそんなになく、あまり不便さは感じませんでした。

中村公一さん

一方で、若者もお年寄りも関係なく、青森に住んでいる人が変なコンプレックスを持っているような気がしました。「青森だからまいね」「なにやってもまいね」(※「まいね」は「だめだ」という意味の津軽弁。)とか、「青森はダサい」とか。青森出身であることのハンデのようなコンプレックスを持っている人たちを見て、「青森の良さに気がついていない人のなんと多いことか」と思いました。
確かに、そういう人たちが考える「遊びに行きたい場所」や「おしゃれして行きたい場所」というのは、当時、青森にはありませんでした。食に関して言えば、当時流行っていたパンケーキのような新しい食べ物ですね。
また、飲食店もたくさんありましたが、その中には、料理はものすごく美味しくて一流のものなのに、肝心の接客が三流といったような残念なお店もありました。広告の仕事をしていたため、そういった現状を見て「せっかく良いものがあるのにPRがもったいない」と強く感じたんです。
ですから、新しい食べ物と、良い接客、そして、しっかりしたPRさえあれば、自分でも何か面白いことが青森でできるのではないかと思ったんです。

―そういう想いから誕生したお店が、「PENT HOUSE(ペントハウス)」ですね。

自分や周りの友達が遊びに行けるような場所や気軽にお洒落して行けるような場所を作りたかったので、昭和通り商店街の一角で、カフェ・ダイニングバー「PENT HOUSE(ペントハウス)」をスタートさせました。 飲食店としてはもちろんのこと、自社ケースをモデルに、デザインやCMといったブランディング事業にクライアントを呼び込みたいという意図もあったので、ペントハウスは「こういう風にプロデュースできますよ」というモデル店になるようなイメージで作りました。内装やフード、PR方法、接客のオペレーションなどを、対外的に魅せていく場所でもあるんです。
面白いお店にすれば、面白い人が集まるだろうな、というコンセプトですね。おかげさまで、スタートさせてから、ブランディングの相談や依頼が他社から途切れなく来ている状態です。

―青森で起業することの特徴について教えてください。

青森は人口が少ないので、首都圏と比べて商圏人口は少ないです(20万人弱)。これが東京であれば、商圏人口が大きいため、一回しか来ないというお客様がいても、一周回れば初期投資などが回収できます。しかし、青森の場合であれば、同じお客様に何度も足を運んでもらわなければお店を続けていくことができません。しかも、ちょっとした接客のミスだったり、少し塩味が足りなかっただけで、お客様が二度と来てくれないということもあります。

―青森では何回も来てくれるようなリピーターが大事ということですね。

東京や他の地域で修行した後で地元に帰ってきて、情熱だけでお店を立ち上げる人がいますが、大抵は2年以内にお店が無くなってしまいます。つまり、独立が早すぎるんです。経営に関する勉強はもちろん、周辺ニーズのリサーチや、自分がやろうとしていることに関する人脈づくりなどをすっ飛ばして、夢だけ見てお店を開いてしまうと、味は美味しくてもすぐにお店が無くなってしまうということが起きてしまいます。

―最近では、地元や地方に移り住んで自分のお店を開くという人も多いようですが…

首都圏だけではなく、地元や地方に人の流れが動くことは良いことですが、受け入れる側で真剣に考えなければいけないのは、移住者へのサポート方法だと思います。移住者の事業立ち上げや起業に対する助成はよくありますが、大事なのは立ち上げること自体よりも、立ち上げた後も事業やお店を続けていくことです。
立ち上げ後をどのようにサポートしてあげられるかということを考えると、今後、必要になってくるのは、小さな個人体よりも、その小さな個人体が束になって作る大きな会社の方かなと感じています。誰かが困っているときは他の誰かが助けてあげるという雰囲気や、青森に帰って来たいという人たちの受け皿になるようなシステムを作れたらいいですよね。そうすれば、外の地域で学んできたスキルや技術を無駄にせずに青森にも貢献していけるはずです。

中村公一さん

―ブランド・プレゼンテーション2016で、見事大賞を受賞しましたが、提案の経緯や想いについて教えてください。

アメリカで仕事をしていたとき、「やりたいことがあったらどんどん言う」ということ学びました。青森に帰ってきて、SNSでアイススケートのアイデアを呟いていたら、昭和通商店街の方々から良い反応をもらったので、思い切ってブランド・プレゼンテーションに応募してみたんです。
今回の提案の背景にあるのは、「ネガティブをポジティブにしていこう」という想いです。自分が思っているネガティブポイントが、実は、他人にとってはものすごく良いポジティブポイントだったということもあるので、そういった発想の転換を利用しようと考えました。また、青森ブランド推進委員会の西谷雷佐委員が以前、企画運営していた「短命県ツアー」に影響を受けた部分もあります。この企画は、まさにネガティブをポジティブに変えていますよね。こういったツアーなどを見ていたことも相まって、「ネガティブって簡単にポジティブに切り替えることができるんだな」と強く感じたんです。

―ブランド・プレゼンテーション2016のテーマは「冬」ということで、青森の「冬」をどのようにネガティブからポジティブに切り替えたのでしょうか。

青森と同じ緯度にあるNYでは、あんなに寒くて雪も降るのに、住民たちが「冬」をネガティブに捉えている印象が全くないんですよ。逆に、雪が降っていたらNYの住民たちは喜ぶんです。
一方で、青森の人は冬にネガティブなイメージを持っている人が多いですよね。確かに、大変なこともありますが、それを「あぁ大変だ」「嫌だなぁ」で終わらせるのではなくて、冬に対する発想を変えて、あえてポジティブなものを引き出す必要があります。「冬」であれば、「寒さを楽しむ」「冬を楽しくする」ということですね。
詳しいプレゼン内容は青森ブランドのウェブサイトに動画で載っていますが、提案の内容を簡単に言うと、県民も観光客も青森の冬を楽しめるように、駅前に期間限定の屋外スケートリンクを設置するというものです。冬や寒さに対して、「楽しい」や「美味しい」、「嬉しい」といった経験ができれば、きっと青森の冬がポジティブに捉えられるようになって、最終的には夏のねぶたと同じくらい、県民が「冬」に対して誇りや愛着心といったものを持つのではないかなと考えています。

Aomori Coffee Festival青森コーヒーフェスティバル

―中村さんは「AOMORI COFFEE FESTIVAL(青森コーヒーフェスティバル)」というイベントも企画されていますが、その経緯はどういったものだったんでしょうか?

COFFEMAN goodペントハウスの他に、「COFFEEMAN good」というコーヒーショップも手掛けています。コーヒーが元々好きで、コーヒーショップを始めるときにロンドンに調査視察に行ったんですが、ちょうど「ロンドンコーヒーフェスティバル」が開催されていました。世界中の豆がロンドンに集まっているので、豆の仕入れやエスプレッソマシーンなどを見させてもらったのですが、そのときに強く感じたのが、「街を挙げてコーヒーフェスを盛り上げているんだな」ということでした。
どこに行ってもコーヒーフェスのポスターがありましたし、街中にコーヒーの香りが充満していたんです。今となってはコーヒーフェスで盛り上がっているロンドンですが、実は、ほんの5~6年前まで、ロンドンという街はコーヒーが美味しくないことで有名だったんですよ。ですが、ここ数年で、ロンドンは世界トップクラスのコーヒーの街になりました。その要因は、コーヒーフェスという機会に皆がコーヒーについて考えて飲んでいくことで、美味しいコーヒーが集まり始め、徐々にロンドンの中でコーヒー文化が高まっていったんだと思っています。
今やロンドンという街においてコーヒーは、商談や打ち合わせのときの潤滑油としての役割を果たすこともありますし、時間を潰したり、買い物に疲れて休憩したりするときに必ず欠かせない飲み物になっています。ロンドンで盛り上がっているコーヒー文化を、ぜひ青森でも生み出したいと思い、活動が活発だった昭和通商店街の青年部の中で「AOMORI COFFEE FESTIVAL(青森コーヒーフェスティバル)」の開催を提案してみました。

COFFEMAN good AOMORI COFFEE FESTIVAL(青森コーヒーフェスティバル)

―コーヒーフェスの今後の展望について教えてください。

2016年に開催した1回目は、2日間で約7,000人の来場者が、2017年の2回目は1日で約9,000人の来場者がありました。青森県の世帯当たりのコーヒー消費量は直近データで9位なので、あと3年くらいコーヒーフェスを開催すれば、1位になるのではないかとひそかに思っています。別に競争するようなものでもないですが、あおれば皆やっきになって頑張るというのが青森の県民性かなと思う部分もあるので、ひとまずコーヒー消費量1位を目指して楽しく開催していきたいと考えています。

―何かを新しく立ち上げる人へのメッセージをお願いします。

新しく事業を立ち上げるとき、アイデアはあるけど形にしないまま終わってしまうという人が多いように思います。0から1にする作業も大事ですが、その前の段階、つまり0に持っていくことも同じくらい大事だと思います。そういう意味では、このブランド・プレゼンテーションという場は、「これをやったら皆が便利になるのでは」や「これをやったら儲かるのでは」というふんわりした想いを、0にしたり、0から1にしたりする大きなチャンスでした。そういったチャンスを見つけたら、迷わずにそのチャンスを活用し、思い切って心の中に持っているものを形にしてみることをお勧めします。

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